大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成6年(ネ)571号 判決

控訴人・附帯被控訴人(原告) シャネル エス アー

被控訴人・附帯控訴人(被告) 杉村静子

主文

一  控訴人(附帯被控訴人)の本件控訴を棄却する。

二  附帯控訴に基づき、原判決中、附帯控訴人(被控訴人)敗訴部分を取り消す。

三  附帯被控訴人(控訴人)の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審とも控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

五  この判決に対する上告のための附加期間を九〇日と定める。

事実

第一申立

〔控訴について〕

一  控訴人(附帯被控訴人、以下単に「控訴人」という。)

1 原判決主文二項ないし四項を次のとおり変更する。

被控訴人(附帯控訴人、以下単に「被控訴人」という。)は控訴人に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成五年一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2 仮執行宣言

二  被控訴人

主文一項と同旨

〔附帯控訴について〕

一  被控訴人

主文二項ないし四項と同旨

二  控訴人

1 本件附帯控訴を棄却する。

2 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

第二主張

一  請求の原因

1  控訴人は、控訴人のほか、フランス法人シャネル エス アーをはじめシャネル製品の製造、販売を目的とする会社により構成されるシャネル・グループ(以下、控訴人やこれらの会社を総称して「シャネル社」という。)の商標権その他の知的財産権を有し、その管理の事業を行うスイス法人である。

2  控訴人の属するシャネル社の起源は、二〇世紀を代表する著名なデザイナーであるガブリエル・シャネルが一九一〇年代にフランスのパリ市に帽子店を開店したことに始まるが、一九一六年に同女が第一回目のコレクションを発表して以来、シャネルの商標を付した製品は、高級婦人服のみならず、香水、化粧品、ハンドバック、靴、アクセサリー、時計等にわたり、いずれも独創的なデザイン、最高の品質により、世界中で高い信頼を獲得し、いわゆるパリ・オートクチュールの老舗として世界的に知られている。一九二一年に同女が開発した「シャネル五番」と称する香水は、現在に至るまで世界的なベストセラーを続けている。

わが国においては、昭和八年(一九三三年)にシャネル製の香水が輸入、販売されたのを皮切りに営業が開始され、それ以来、独自のマーケティング戦略と厳格な品質管理により高い評価が形成されている。

かくしてわが国においても、シャネル社の営業表示である「シャネル」(以下「シャネル営業表示」という。)は、遅くとも昭和三〇年代の始めにかけて周知となっていた。

3(一)  被控訴人は、肩書住所地において、「スナックシャネル」の屋号で飲食店を経営している。

被控訴人は、平成五年七月に、右飲食店に使用していた四枚の「スナックシャネル」と表示したサインボードのうちの一枚を「スナックシャレル」という表示に変更したが、残り三枚のサインボードについては現在でも「スナックシャネル」という表示を使用している(被控訴人が使用している「スナックシャネル」、「スナックシャレル」の各表示を総称して、以下「本件営業表示」という。)。

(二)  被控訴人が使用している本件営業表示は、いずれもシャネル営業表示と類似している。

4  ファッション関連業界を始めとして経営が多角化する傾向にあること、及びシャネル営業表示の周知性の高さを考慮すると、シャネル営業表示と類似する本件営業表示を営業上の表示として使用する被控訴人の行為は、一般消費者に対し、被控訴人が控訴人を含むシャネル社と業務上、経済上あるいは組織上何らかの関係を有するものと誤認させ、もって控訴人の営業上の施設又は活動と混同を生じさせるおそれが大きいことは明らかである。

5  被控訴人の本件営業表示の使用行為は、シャネル社の高級なイメージを害すると同時に信頼を毀損し、シャネル社がその努力により獲得したシャネル営業表示の顧客吸引力を侵害するものであって、シャネル営業表示の持つ広告宣伝機能を希薄にすると同時に、その知的財産権としての価値を減少させるものである。また、シャネル社の今後の多角的な営業活動においても重大な障害となるものである。

6  被控訴人は、シャネル営業表示が日本国内で広く認識されたシャネル社の営業表示であることを知りながら、もしくは過失によりこれを知らないで、これと類似する本件営業表示を被控訴人の営業表示として使用している。

7  被控訴人の前記行為により、控訴人は少なくとも左記の損害を被った。

(一) 営業上の損害

(1)  逸失利益 六九三万五六二二円

「シャネル」ブランドの極めて高級なイメージ、シャネル社のブランド保護に対する長年の努力を考慮すれば、仮に控訴人が被控訴人に対してシャネル営業表示の使用を許諾したとすれば、通常使用料は被控訴人の売上額の一〇パーセントは下らない。昭和五九年一二月(被控訴人の開店時)から平成四年一一月(本訴提起時)までの被控訴人の売上は六九三五万六二二八円であるから、控訴人の通常使用料相当損害金は六九三万五六二二円を下回ることはない。

(2)  信用損害 八〇〇万円

シャネル社は、シャネル営業表示により、長年積み上げられた社会的信用及び高い評価を有するものであるが、被控訴人の行為により、その信用、評価を毀損され、営業上の利益を害せられるに至った。この損害額は八〇〇万円を下らない。

(二) 弁護士費用 二〇〇万円

8  よって、控訴人は、被控訴人に対し、不正競争防止法一条一項二号〔平成五年法律第四七号(平成五年五月一九日公布、同六年五月一日施行)による改正前のもの。以下、右改正前の法律を「旧法」という。〕の規定に基づき、被控訴人がその営業上の施設又は活動に「シャネル」又は「シャレル」、その他「シャネル」に類似する表示を使用することの差止めを求め、かつ、旧法一条の二第一項又は民法七〇九条の規定に基づき、損害金の内金として一〇〇〇万円及びこれに対する損害発生の日の後である平成五年一月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1、2は不知。

2  同3(一)は認める。同3(二)のうち、「スナックシャネル」の表示がシャネル営業表示と類似していることは認めるが、「スナックシャレル」の表示がシャネル営業表示と類似していることは争う。

3  同4のうち、ファッション関連業界を始めとして経営が多角化する傾向にあることは不知。その余は争う。

一般消費者において、シャネル社と被控訴人とが業務上、経済上あるいは組織上何らかの関係を有するものと誤認、混同するおそれがあるなどという事態は皆無である。

4  同5ないし7は争う。

第三証拠〈省略〉

理由

一  原本の存在及び成立に争いのない甲第六号証ないし第九号証、及び弁論の全趣旨によれば、請求の原因1の事実(控訴人がシャネル社の商標権その他の知的財産権を有し、その管理の事業をするスイス法人であること)が認められる。

二  成立に争いのない甲第一〇号証ないし第一三号証、第二九号証、及び弁論の全趣旨によれば、控訴人の属するシャネル社の起源は、ファッション・デザイナーのガブリエル・シャネルが一九一四年にフランスのパリ市に帽子店を開店したことに始まるが、シャネル社の製造、販売する婦人服は、そのデザインや品質に優れていることから高い評価を得ており、シャネル社はパリ・オートクチュールの老舗として世界的に知られていること、シャネル社には、フランス法人シャネル エス アーをはじめ、高級婦人服、香水、化粧品、ハンドバック、靴、アクセサリー、時計等のシャネル製品の製造、販売を目的とする会社が世界各地に存在し、右シャネル製品の製造、販売の営業表示として「シャネル」を使用していること、シャネル製品は一般消費者に高級品のイメージが持たれていること、ガブリエル・シャネルが一九二一年に開発した「シャネル五番」と称する香水は、世界中でその名を知られ、発売以来ベストセラーを続けていること、わが国においては、昭和八年(一九三三年)に始めてシャネル製の香水が輸入、販売されたのを皮切りにシャネル社の営業活動が開始されたこと、昭和二九年に来日したアメリカの女優マリリン・モンローの言動から、香水「シャネル五番」の商品名がわが国においても一躍有名になったこと、昭和五五年一〇月にはシャネル株式会社が設立され、同社がシャネル社の一員として、わが国におけるシャネル製品の輸入、販売を行っていることの各事実が認められる。

右認定事実、ことに昭和二九年に「シャネル五番」の商品名がわが国においても一躍有名になったことによれば、わが国においても、「シャネル」(シャネル営業表示)はシャネル社の営業たることを示す表示として、昭和三〇年代の始めころには周知となっていたものと認めるのが相当である。

三1  請求の原因3(一)の事実(被控訴人が本件営業表示を使用していること)は、当事者間に争いがない。

2  本件営業表示がシャネル営業表示と類似しているか否かについて検討する。

(一)  「スナックシャネル」という営業表示から「スナック」を除いた部分、すなわち「シャネル」はシャネル営業表示と同一であり、「スナック」は軽い食事や飲物を供する店のことを示すにすぎず、「シャネル」の部分に要部があるといえるから、「スナックシャネル」という営業表示がシャネル営業表示に類似していることは明らかである。

(二)  「スナックシャレル」という営業表示のうちの「シャレル」と「シャネル」とは、同数の三音より構成されるところ、構成音中の最初の「シャ」及び最後の「ル」の音は同一であり、ただ第二番目の音において「レ」と「ネ」の差異があるにすぎないこと、「レ」と「ネ」は共に母音「e」を共通にし、歯茎で調音される音質の近似したものである上、中間にあって明瞭に聴取されにくい音であることよりすれば、「シャレル」と「シャネル」とは、一連に称呼したときは、その語調、語感が極めて近似しているものと認めるのが相当である。

したがって、「スナックシャレル」という営業表示はシャネル営業表示に類似しているものというべきである。

四  そこで、被控訴人の本件営業表示の使用が、シャネル社の営業上の施設又は活動と混同を生ぜしめる行為に当たるか否かについて検討する。

旧法一条一項二号にいう「混同を生ぜしめる行為」は、他人の周知の営業表示と同一又は類似のものを使用する者が、自己と右他人とを同一営業主体と誤認させる行為のみならず、両者間にいわゆる親会社、子会社の関係や系列関係などの緊密な営業上の関係、あるいは同一のグループに属する関係が存するものと誤信させる行為を包含し、両者間に競争関係があることを要しないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和五八年一〇月七日第二小法廷判決、民集三七巻八号一〇八二号。同裁判所昭和五九年五月二九日第三小法廷判決、民集三八巻七号九二〇頁)が、他人の周知の営業表示と同一又は類似のものを使用する者とその他人の業務の種類、内容及び規模等からして、一般消費者に対し、両者の間に、業務上、経済上あるいは組織上何らかの関係を有するものと誤認させるような関係がないならば、他人の周知の営業表示の使用は右「混同を生ぜしめる行為」には当たらないものというべきである。

本件についてみるに、被控訴人の店舗を撮影した写真であることに争いのない甲第三三号証ないし第三五号証、成立に争いのない乙第一号証ないし第七号証、原審における被控訴人本人尋問の結果と同尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第八号証ないし第一一号証、前記争いのない請求の原因3(一)の事実によれば、被控訴人は、昭和四二年に離婚し、パートタイマーとして働きながら子育てをしたのち、昭和五九年一二月に肩書住所地の小さな飲食店が密集する古びた建物の二階部分に店舗を賃借して(賃料月額一二万三六〇〇円)、飲食店「スナックシャネル」を開店したこと、開店資金は約三〇〇万円を親戚から借財して賄ったこと、店舗の面積は約三二平方メートル(約九・八坪)であること、同店は、一日に数組の客に対し酒類と軽食を供し、カラオケ設備を設けていること、同店には、被控訴人のほか、従業員一名とアルバイト一名が従事していること、同店の昭和六一年から平成四年までの間の一年間の平均売上高は約八七〇万円程度であることの各事実が認められる。

右認定の被控訴人の営業の種類、内容及び規模等に照らすと、被控訴人が本件営業表示を使用することにより、被控訴人が、パリ・オートクチュールの老舗として世界的に知られ、高級婦人服を始めとして、高級品のイメージが持たれている前記二項の商品を取り扱うシャネル社と業務上、経済上あるいは組織上何らかの関係を有するものと一般消費者において誤認するおそれがあるとは到底認め難く、したがって、被控訴人の本件営業表示の使用が、シャネル社の営業上の施設又は活動と混同を生ぜしめる行為に当たるものと認めることはできない。

控訴人は、シャネル営業表示と類似した本件営業表示を営業上の表示として使用する被控訴人の行為は、ファッション関連業界を始めとして経営が多角化する傾向にあること、及びシャネル営業表示の周知性の高さを考慮すると、一般消費者に対し、被控訴人が控訴人を含むシャネル社と業務上、経済上あるいは組織上何らかの関係を有するものと誤認させるものである旨主張するところ、原本の存在及び成立に争いのない甲第一五号証ないし第二四号証、及び成立に争いのない甲第二五号証によれば、シャネル社の属するファッション関連業界においても、例えば外食産業に進出するなど経営が多角化する傾向にあることが認められ、また、シャネル営業表示が周知であることは前記のとおりであるが、これらの点を考慮しても、控訴人と被控訴人の各業務の種類、内容、規模等からして前記判断を覆すことはできず、控訴人の右主張は採用できない。

もっとも、シャネル営業表示のような著名な営業表示と同一又は類似の営業表示を使用しているにもかかわらず、「混同を生ぜしめる行為」には当たらないとして不正競争行為の責任を問い得ないとすると、他人の著名な営業表示の有する信用や経済的価値を自己の営業に無断で利用することや、他人の著名な営業表示を利用することによって、その著名な営業表示の品質保証機能、宣伝広告機能、顧客吸引力を稀釈化することを禁止することができず、著名な営業表示を有する者の保護に欠ける場合が生ずることは否定できないが、旧法一条一項二号が「混同を生ぜしめる行為」を要件として規定している以上、同条項の解釈としてはやむを得ないことといわざるを得ない。

なお、右のような問題点は、平成五年法律第四七号が制定され、著名表示冒用行為については混同を要件としないものとして規定されたことにより解決されたところである。

五  以上のとおりであるから、被控訴人の本件営業表示の使用は、旧法一条一項二号に該当する行為ということができず、右行為の存在を前提とする民法七〇九条の主張も理由がないから、その余の点について検討するまでもなく、控訴人の請求はいずれも理由がないものというべきである。

よって、控訴人の本訴請求はすべて失当として棄却すべきものであり、本件控訴は理由がないから、これを棄却し、本件附帯控訴は理由があるから、附帯控訴に基づき、原判決中、被控訴人敗訴部分を取り消し、控訴人の請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を、上告のための附加期間の定めにつき同法一五八条二項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤博 濱崎浩一 押切瞳)

原審判決の主文、事実及び理由

主文

一 被告は、その営業上の施設又は活動に「シャネル」または「シャレル」その他「シャネル」に類似する表示を使用してはならない。

二 被告は原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する平成五年一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三 原告のその余の請求を棄却する。

四 訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

五 この判決は原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1 被告は、その営業上の施設又は活動に「シャネル」または「シャレル」その他「シャネル」に類似する表示を使用してはならない。

2 被告は原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成五年一月一七日から年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

二 請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

請求原因(被告の認否は【 】内に記載する。)

一1 原告は、二〇世紀を代表する世界的に著名なデザイナーであるガブリエル・シャネル(通称ココ・シャネル)が設立したフランス法人レ パルファム・シャネル(現在の商号はフランス法人シャネル エス アー)が製造・販売する商品その他世界中のシャネル社に関して商標その他知的財産権を有しかつそのライセンス事業を行なうスイス法人である(以下、フランス法人シャネル エス アー及び原告を含む他のシャネル社を総称して「シャネル社」という。)。【不知】

2 シャネルの商標を付した製品は、高級婦人服のみならず、香水、化粧品、ハンドバック、靴、アクセサリー、時計などにわたり、いずれも独創的なデザイン、最高の品質により、世界中で高い信頼を獲得し、いわゆるパリ・オートクチュールの老舗として世界的に知られている。特に、一九二一年にガブリエル・シャネルが開発した香水「シャネル五番」は世界的に有名であり、シャネル社の営業表示であり原告の商標でもある「シャネル」という表示(以下「シャネル営業表示」という。)は、シャネル社の営業を示す表示として遅くとも昭和三〇年代の始めには日本においても周知となっていた。【不知】

二1 被告は、肩書住所地において「スナックシャネル」の屋号(以下「本件営業表示」という。)で、飲食店を経営している。【認める。】

2 被告は、平成五年七月に、被告の使用している四枚のスナックシャネルというサインボードのうち一枚を「スナックシャレル」(以下「本件変更後営業表示」という。)に変更したが、残り三枚のサインボードについては現在でもスナックシャネルという表示を使用している。【認める。】

三 被告の右二の各行為(以下「本件各行為」という。)は、現在のようにファッション関連業界を始めとして経営が多角化する傾向にあること及びシャネル営業表示の周知性の高さを考慮すると、一般消費者をして、被告が原告と業務上、経済上または組織上何らかの連携関係を有するものと誤認、混同させるおそれが大きい。【シャネル営業表示の周知性の高さは認め、経営の多角化傾向は知らない。その余の事実は否認する。】

四 被告は、本件各行為をするに際し、シャネル営業表示が日本国内で広く認識されたシャネル社の表示であることを知り、もしくは過失によりこれを知らなかった。【否認する。】

五1 被告の本件各行為は、シャネル社が築きあげたシャネル営業表示の顧客吸引力(一般消費者にシャネル社の商品及び営業を喚起させる働き)を侵害し、その結果、シャネル営業表示の持つ宣伝的機能を希薄にすると同時に、その知的財産権としての価値を減少させ、シャネル社の今後の多角的な営業活動においても重大な障害となるものである。【否認する。】

2 被告の行為により被った原告の損害額は、次のとおりである。【争う。】

(一) 営業上の損害

〈1〉 逸失利益 六九三万五六二二円

〈2〉 信用損害 八〇〇万円

(二) 弁護士費用 二〇〇万円

六 よって、原告は、被告に対し、不正競争防止法一条一項二号の規定に基づき、被告がその営業上の施設又は活動に「シャネル」または「シャレル」その他「シャネル」に類似する表示を使用することの差止めを求め、かつ、不正競争防止法一条の二第一項または民法七〇九条の規定に基づき、損害金の内金として金一〇〇〇万円及びこれに対する損害発生の日の後である平成五年一月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三理由

一 証拠(甲六ないし九、弁論の全趣旨)によれば、原告がシャネル・グループの商標権その他の知的財産権を有し、その管理の事業をする会社であることが認められる。

二 営業表示の周知性

証拠(甲二、同一一ないし一三、同二九)によれば、シャネル・グループの起源が、ガブリエル・シャネルが一九一〇年代にパリで帽子店を開店したことに始まること、シャネル・グループに属する企業が製造販売する婦人服は高い評価を獲得しており、シャネル・グループは、オートクチュールの老舗として世界的に知られていること、また、同女が販売を開始した香水「シャネル五番」は世界的に有名であり、特に、日本においては昭和二九年に来日したアメリカの女優マリリン・モンローの言動からその名が一躍有名になった事実が認められ(甲三)、原告の商号及び商標の主要部分であるシャネル営業表示は、昭和三〇年代の始めには、日本においても周知、顕著であった事実が認められる。

三 類似表示の使用

1 請求原因二1の事実は、当事者間に争いがない。

2 請求原因二1の事実によれば、シャネル営業表示と本件営業表示とは、本件営業表示から「スナック」を除いた部分、すなわち「シャネル」が、原告を含むシャネル社の著名な営業表示であるシャネル営業表示と同一であり、全体として、一般消費者が両表示を類似のものとして受け取るおそれがあることは明らかである。

3 また、シャネル営業表示と本件変更後営業表示とは、本件変更後営業表示から「スナック」を除いた部分、すなわち「シャレル」が、原告を含むシャネル社の著名な営業表示であるシャネル営業表示とが極めて似ており、本件変更後営業表示とシャネル営業表示とは類似している。即ち、「シャネル」と「シャレル」とは同じく三音節の語で、最初の「シャ」及び最後の「ル」の語が同一であり、中間の一音節が異なるだけである。しかも、中間の語も「ネ」と「レ」という母音「e」を共通にし、音質も歯茎で調音され似通っている。両呼称を一連の音として発音した場合、その語調、語感が極めて似ており、その類似の程度が著しいことは明らかである。

四 混同

不正競争防止法一条一項二号にいわゆる「混同を生ぜしめる行為」には、周知の他人の営業表示と同一又は類似のものを使用する者が、自己と右他人とを同一の営業主体と誤認させる行為のみならず、自己と右他人との間に同一の事業を営むグループに属する関係が存するものと誤信させる行為をも包含し、混同を生ぜしめる行為というためには両者間に競争関係があることを要しないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和五九年五月二九日第三小法廷判決、民集三八巻七号九二〇頁)。

現在、ファッション関連業界を始めとする各企業の経営の多角化は社会的な趨勢であること(甲一五ないし二五)及びシャネル営業表示の周知性の高さや原告と被告の営業表示の近似性等の諸事情を考慮すると、一般消費者が、原告を含むシャネル社と被告が、業務上、経済上あるいは組織上何らかの関係を有するものと誤認・混同するおそれがあり、被告の行為は、原告の営業上の施設又は活動と混同を生じさせる行為に当たるものと認められる。

五 故意又は過失

1 被告が本件営業表示の使用を開始した当時、シャネル営業表示が原告の営業を表示するものとして日本国内において周知であったことは、二で認定したとおりである。また、被告自身も当時シャネルの香水があることは知っていたと供述しており、被告は、シャネル営業表示を使用するに際し、シャネル営業表示が原告の営業であることを示す周知の表示であることを知っていたか少なくとも知らなかったことにつき過失があると認められる。

2 被告は、平成四年三月には、原告から本件営業表示の変更を求められたにもかかわらず(甲二)、これを変更せず、本件訴訟係属中である平成五年七月三〇日に、被告代理人に相談することなく、本件営業表示を本件変更後営業表示に一部変更した(被告)。右経緯からすると、被告が、本件変更後営業表示を使用するに際し、シャネル営業表示が原告の営業であることを示す周知の表示であることを知っていたことは、明らかである。

六 営業上の利益の侵害

1 逸失利益について

(一) 原告は、原告を含む「シャネル」社のシャネル営業表示が不正競争防止法一条一項二号による保護を受け、原告を含む「シャネル」社の独占的使用が認められること、原告が仮に被告にシャネル営業表示の使用を許諾したとすれば、通常使用料は少なく見積っても被告の売上の一〇パーセントであること、被告の昭和五九年一二月から本訴提起までの売上総合計は金六〇六八万六七〇〇円と推定されること、そうすると推定通常使用料の合計は少なくとも金六九三万五六二二円であり、原告には同額の逸失利益が発生したと主張する。

(二) しかし、このような使用料を定めた許諾契約が締結されるのは、一般にその表示を使用することが、使用者の営業に資し、表示の使用と売上の増加が結びついていると考えられるからであって、営業表示の無断使用事件において、営業表示の使用と売上の増加がおよそ結びつかない場合にまで、売上高に一定率を乗じて得られる金額を通常使用料相当額と推定することは不合理である。

(三) 本件における被告の営業は、JR松戸駅東口において面積約九・八坪の店舗(ビル二階)を月額賃料一二万三六〇〇円で賃借し、被告本人及び従業員一、二名程度で、一日に数組足らずの客を相手に営まれている小規模なものである。被告は、店名を積極的に広告、宣伝することはなく、ほとんど固定客を相手に営業を行なっており、また、被告の店舗の外観そのものがおよそ高級というイメージからはほど遠く(甲三四、三五)、「スナックシャネル」という名称により被告スナックに客が訪れたという因果関係は全く認められない(乙八ないし一一、被告)。

このような事実関係のもとでは、被告が、仮にシャネル営業表示の使用を許諾する機会が与えられたとしても、その使用料と顧客吸引力とを比較考慮した場合、原告に使用料を支払ってまで本件表示を使用したとは到底考えられない。

従って、本件において、被告のシャネル営業表示と売上高の増加とは結びついておらず、原告主張のように、本件スナックの売上高に一定率を乗じて得られる金額を通常使用料相当額として、原告の逸失利益を認めるのは不相当であり、原告に具体的な逸失利益が発生したと認めるに足る証拠はない。

2 信用損害について

(一) 原告を含むシャネル社は、シャネル営業表示に対し、長年積み上げてきた社会的信用及び高い評価を有するものである。被告の営業態様からみて、被告が本件営業表示及び本件変更後営業表示を使用したことにより、原告のその高級なイメージを損ない、原告の信用、評価を毀損し、営業上の利益を害した事実が認められる。

(二) この損害は、被告の侵害行為の態様、使用期間、本件スナックの規模、業種等の諸事情を考慮すると、本件の場合は金一五〇万円と認めるのが相当である。

七 弁護士費用

原告の費消した弁護士費用のうち、金五〇万円が被告の不正競争防止法違反行為と相当因果関係にある損害と認められる。

八 以上から、原告の本訴請求は、差止請求及び損害賠償請求のうち金二〇〇万円の支払を求める限度で理由があるので、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例